昭和の通貨戦争と他国からの圧力

昭和の通貨戦争と他国からの圧力

最近にも昨四三年一一月、英仏米を中心とするマルクの切上げ要求という形で具現された。西ドイツはこれを拒否したが、そのかわりに、金利を低水準にして資本の対外投資を促進するとともに、国境税の操作等で、輸入を促進し、輸出を抑制する措置をとったが、国際収支の赤字国は、これをもってまた不十分とし、満足していないことは周知のとおりである。

 

いま、日本の経常収支が前記のように大幅黒字を正常状態とするにいたり、外貨準備が急速に増大し、六月ごろには三五億ドルを予想せられるということは、国際収支の赤字に悩む諸国から、西ドイツに対すると同じような節度と国際協調とを要求せられる地位に、急速にすすみつつあることを意味する。

 

同時に、日本品の輸出制限運動、低開発国援助増大の要求などを激成するものと考えねばならぬ。外貨準備の増大が、さらに大きければ大きいほどよいという、これまでの考え方は、国際協調上、もはや許されがたい段階に転入してきたものといわざるをえない。

 

しかるに日本は、これまで外貨準備蓄積のために、国内においてなすべきことも押えて、将来の発達と国民生活の充実とを犠牲にしてきたことは、すでに詳叙したところである。それは、国民経済の体質の向上を犠牲にして、外貨準備だけを増大し、ために国際的負担と任務とを過度にになわざるをえない愚を犯しつつあるものではないか。

 

ということは、外貨準備の増大をこのうえ図るよりも、これまで過度に不足している社会投資、福祉施設等を充実し、金利水準を低下して企業の体質を強化充実し、対外投資を促進して、国際収支の黒字を少なくし、外貨準備の増大を抑制する政策に転ずることが、はるかに賢明であることを語るものであろう。

 

少なくとも、国際収支の赤字に悩んだ段階の従来の財政金融政策の理念や発想方式を、この際抜本的に再検討し大修正を加える必要に直面するにいたったわけである。

 

この角度からの論議がこの際盛んになることを期待してやまない。